日本一大きな山城、高取城には天に向かって昇り続ける多くの大木が聳えている。
天守及びその付近からは大峯山系の峰々、金剛山、葛城山など多くの聖山が、国見櫓からは二上山、信貴山、生駒山、奈良三山が望める。江戸時代、天守閣や櫓などがそびえていた頃、奈良盆地の大半の地から高取城を拝んでいたことが判る。
石高2万5千石の高取藩ではとても維持、防衛できるはずのない大きな城だ。1640年から1871年まで藩主を続けた植村家の初代藩主、植村家政は旗本から引き上げられた人物、近くに徳川御三家の紀州藩があるので、有事の際には徳川の軍勢や徳川一族が入ることを想定した城であったことは明らか、立派な石垣には気品が漂っている。
高取城の写真を張り付け、前回の記事に続き昇卦の教えを書き出すことにした。
樹木は太陽に向かい昇るような成長を始めると、再び苗に戻ることなく昇り続ける。企業は樹木のように成長するが、樹木のように成長し続けることは難しい。メーカーは製品の改善、新製品の開発にて昇り、商社は時勢の変化に合わせ商売や商流を変化させて昇り、物流業者は流通改革で昇り続ける。
しかし、企業が昇り続けることは容易ではなく、昇るのを止めるとたちどころに困ったことに陥る。昇られなくなる要因は人にある。企業は社員をまとめるため規則を作り、組織を作る。人は他人からの束縛を嫌い、上司の管理を嫌う。人は他人より高い地位、高い賃金、高い名誉を得ようとする習性があるので、自ずと地位を巡る競争が発生する。役職を既得権益化する者もいる。人事に問題があれば社内は混乱する。経営者が正道を歩かなくなれば企業はおかしくなってしまう。
それらを避けるため昇卦は企業の目的を光明に向かう人間性の向上に定め、事業を徳業とすべきだと説く。
易経、昇卦の次に困卦が控えているように、昇ることを止めると、たちどころに事業不振、経営危機など困に直面する。よって企業はいろいろなリスク、恐怖と戦いながら昇り続けるべき宿命を負わされている。
樹木は太陽光を受けるべき時期に日陰で育つと生涯にわたり成長が遅くなる。一般社員も配属先によって伸びが異なる。そして伸び盛りに昇進できなければ昇進が遅くなる。
一般社員に必要なのは誠意、最も大切にしなければならないのは直属上司のベテラン社員。ベテラン社員を目標に素直に学び、付き従い、仕事を行い、企業内の慣習に馴染み、社内の人間関係を円滑にすることで昇進への道が開ける。
日本の企業風土は東洋思想を基にしているので、一般社員が昇進をあせりベテラン社員を蹴落とすと将来の道が閉ざされてしまう。
例えば、部課長に自分は直属上司のベテラン社員より能力があり、良く仕事ができ、成果を出しているとアピールし、直属上司のベテラン社員を誹り、その部署から追い出し昇進すると、それ以降は社内の誰もが警戒し、誰もが部下としなくなり、昇進の道が閉ざされて職位が固定されてしまう。
無能上司ばかりだと捨て台詞を吐いて退職するのはこのタイプだと思う。
次に、先輩のベテラン社員と競争しないこと。先輩と並び競争することは組織の調和を乱してしまい、自らの居場所を失ってしまう。
先輩の能力を超え、先輩以上の成果を上げるようになっても先輩を立て、先輩のベテラン社員に成果を譲り、先輩を昇進させることで生まれた空席に座らせてもらって昇進し、ベテラン社員となるべきだ。このようにして昇進したことを皆に見せることで、部下にしたがる有能上司が現れる。
ベテラン社員はいくら努力してもなかなか昇進のチャンスが掴めない。
働き盛りの時なので更なる努力をし、ずば抜けた仕事をし、その働きで企業を発展、上昇させているのにも関わらず、やるべきことをやっているだけだと見なされ評価されない。
ベテラン社員を助けてくれるのは直属部下の一般社員、そして社長の二人だけ。部下である一般社員は上司のベテラン社員の働きを見て、これほど努力しているのに昇進できないのであれば、自分も昇進できないと思い協力してくれる。
社長はよく働く有能なベテラン社員を見捨てれば、社内争議につながることを恐れ、引き上げを考えてくれる。よってベテラン社員はこの二人に誠意を持って向き合わなければならず、社長には忠誠心を見せなければならない。
ベテラン社員は軍隊なら下士官、前線にて兵を指揮しつつ自らも戦う。高くない地位だが、軍の強弱は下士官次第、前線と司令部をつなぐ重要ポジションだ。
取引先、或いは生産現場と会社上層部をつなぎ、双方の意向を双方に伝達し、意見の一致への仕事を行う。意見の一致を行うためには嘘やごまかしが行えず、誠意を持って取り組まなければならないことから、関係者に好かれる。
正確な状況報告があり、嘘やごまかしがないので社長から信用される。直属上司の部課長にしてみればベテラン社員が社長に気にいられているのが面白くなく、何かと疑われ易い。
よって常に部課長への報告を行い、社内での言動に注意する必要がある。そのような立場なので、私利私欲に走ること、自我主張は避けなければならない。
部課長は軍隊なら尉官クラスから中下位の佐官クラス、多くの部下を抱え、組織内で一番目立つ位置にいるので、自己防衛のために、いつもニコニコしていて楽しそうに見えるが、上司と部下との狭間で、辛い思いをしていることが多い。
仕事の成果は上司である役員の指示が的確だったからうまく行ったのか、部下のベテラン社員の働きが良かったから成績が上がったのか、自身の運が良かったから成功したのか良く判らないことが多く、その成果が自分の成果となったのかどうかも判らず、孤独を感じ、自分はいったい何者か判らなくなりやすい。
日々、状況の変化に応じ、臨機応変な対応に追われ、会社上層部と最前線の狭間に立たされ続けるも、ベテラン社員のように常に最前線に居る訳ではないので、騙されやすく、気を緩めないよう、油断しないように心がけなければならない。仕事において、これから禍がやって来るのか、福がやって来るのか読めないことが多く、役員もしくはベテラン社員から利用されているのではないかと疑いがちとなる。混乱して失言、虚言を吐かないように気をつけなければならない。
大きな状況変化に巻き込まれると、上司の役員に報告しても取り合ってもらえず、自己責任、自己判断での行動が求められ、君が必要なことを言ってくれと突き放される。そこで自己判断にて部下のベテラン社員に指示を出すも、素直に話を聞いてはくれるが何も行動してくれないことが起き、何をすれば良いのか判らず行き詰まることがある。そのような時には会長に相談し、社長の意向を教えてもらい、社長の意向を基に仕事を進め、それまでの努力が水の泡とならないようにしなければならない。決定権を持たされず、自分がこれからも昇進ができるのかどうかも判らない立場なので、昇進を念頭に置かず、自身が一般社員、ベテラン社員だった頃を思い返し、情報入手し、状況分析し、社長の意向を基に、警戒を怠らず自己判断で問題解決を策定し、部下を動かし解決に当たる必要がある。部下をうまく使い解決が図れると役員に昇るチャンスが得られる。
役員は社長から与えた役割を実行する立場で、それまで、たいへんな苦労をして経営陣の一員となったことを忘れず、部下のことを思いやりつつも、社長の指示を実行し続けることになる。社長の指示に異論があっても直接的に否定せず、間接的に別の案があることを理解してもらうように配慮すべきで、自然な行動を心がけ、会社の中心に社長が居るように導く役割を持つ。社長から正しく公明な目標を与えられれば経験豊かなので確実に成果を上げることができる能力を持つが、気を付けるべきことは自社の限界を超えた仕事を行わないこと。自分の欲望に走らないこと。このクラスの人の口癖は「人は偉くなるほどに、下の人、もっと下の人と心を通わせなければならない。」38年ほど前の話だが、ある自動車メーカーで役員まで昇進された元工場長から教えて頂いた40数年前のご本人の活動談「工員800名の名前をすべて覚えた。毎日午前と午後にそれぞれ工場内を一回りし、現場作業で不自然だと思ったら、立ち止まり関係者を呼び、状況を教えてもらい改善してもらった。大人数での朝礼の際に目が合った工員を名前で呼んでやった。人事部に結婚、出産などの報告をするよう指示し、結婚、出産の報告が上がると作業中の工員の所に行き、肩をたたき〇〇君おめでとうと言った。門衛が立っているところに並んで立ち、足元が冷たいことに気付き、木で踏み台を作り足元が冷えないようにした。仕上げ塗装は車の化粧なので、一人でも不良工員がいるとムラが出る。常に塗装ブース内の仕上げ塗装工の私生活に注目し、塗装チームのチームワークが乱れないように気を配った。人事部から塗装ブース内の塗装工の誰それが離婚したとの報告を受けると、塗装現場から外し別の作業に就かせた。」と教えて頂いた。元工場長は旗艦となった巡洋艦、3隻を乗り継ぎ、3回とも艦が沈められ海上を漂い生きのび、最後はレイテ沖海戦に参戦された豊富な実戦経験を持つ優秀な兵だったからか、沖縄特攻直前に戦艦大和から降ろされた大和搭乗員だった。浜松から海軍に徴兵された中で、浜松に戻ったのは私一人だけだったとおっしゃっておられた。海軍での経験を工場運営に生かされていたのかも知れない。
社長が最も恐れるのは労働争議。社長はベテラン社員を深く信任し、心を通わせ、労働争議を防ぐと共に、ベテラン社員が役員と結び付き派閥を作るのを防ぐ。そして有能なベテラン社員を支援し、そのレベルアップを図り、会社のレベルアップ、業績アップへとつなげる。心をまっすぐにし、人の道を踏み外さない徳、節操ある態度にて目標を貫き、全社員を引き連れているので、私欲に走らないように注意すべきで、私欲に走ると組織はたちまち堕落する。
会長の役割は全社員の困ったことを解決して回ること。特に部課長クラスの困難を助け、部課長の実力を育成するのが最大の仕事になる。名誉的な役職なので、社長時代のように全社員との意思疎通が図れず孤独を感じやすく、社長時代と同じ調子で行動してしまうと、会長が暴走していると見られ、やりたいことが頓挫してしまう。
会長、社長、役員は現場視察、観察にて社内問題の排除を行い、経営理念を策定し、経営方針を定め、事業戦略の立案を行う。いわば会社の精神面の担当者。取締役会が決めたことを実行するのは部課長とベテラン社員。突き詰めると企業における実働者は役員に昇進できるのかどうか良く判らない部課長、そして、なかなか昇進させてもらえないベテラン社員。部課長とベテラン社員の昇進への願いによる働きが、企業の上昇の原動力になっている。一般社員は部課長とベテラン社員に従属し、取締役員たちは精神面を担当し、企業の行動を策定する人達なので、企業の上昇は部課長とベテラン社員の働きにかかっている。
以上の易経の教えと日本の大手企業の実情とは一致している。日本企業の強さは日本民族が唐から清までの長い期間、学び続けた儒教の教えを体の隅々まで取り込んだことにあり、それを基に会社経営しているからだと思った。