1549年、三好政長軍800名ほどが討ち死にした江口城は江口君堂のすぐ近く、タクシー置き場地点だと地元に伝わるも石碑や説明板は無い。1570年、石山合戦中だった織田信長軍は志賀の陣の戦火を開いた浅井・朝倉軍に対応するため撤退、ここ江口で一揆勢に舟を隠され川を渡れず足止めを食らい、対岸の一揆勢から示威行動を受けた。信長自ら馬で神崎川上流から下流に向け調べ歩き北江口にて徒歩で渡れる浅瀬を見つけ、大軍を1日で京都に戻し浅井・朝倉軍の京都入りを阻止したが、それを偲べるものはない。時代はさかのぼり奈良時代末に瀬戸内海と京都を結ぶ水運路として神崎川を淀川と直結する工事がなされ、その出入口の神崎と江口は天下第一の歓楽地として栄えた。平安時代から鎌倉時代において「江口の君」とは当地の遊女の総称だった。江口は鎌倉時代末期に衰退したので、江口の繁栄を偲べるのは江口君堂のみとなっている。寺院は開山者の思いを継続するので訪れる人が絶えない。歴史を残した寺院の意義は大きいと思った。江口君堂は当地で一番低い海抜3.3m地点にあり、すぐ傍には海抜11.6mの淀川の堤防がある。普段は淀川水位と略同じ海抜だが大雨の日は巨大な淀川が天井川となるので、平安時代において溜まった悪水をどのように排水していたのだろうかと思うほど窪んだ地にある。悪水が流入する地を易経に照らすと「47澤水困」水涸れとなり、これ以上に困窮することが無い身となって遊女に落ちた少女を表現している。本堂は江戸中期に再建されたので、その際に「澤水困」を際立たせるため本堂など建屋及び参道を水不足で悩み続けていた三重県、神島の中心である八代神社を指さすよう整備したのだろう。江口君堂が表現する遊女の苦悩と遊女が花柳界で成功を収めるまでの過程を易経から読み取ることにした。①現代、何らかの事情で高収入を求め性的サービス業に従事する者や京都の芸妓にあこがれ入門する者がいるが、昭和農業恐慌において少女の身売りがあったように近年まで親に売られ遊女になる少女がいた。終戦直後には日本政府が性の防波堤として戦災孤児となった大量の女性を雇い米軍慰安所を設立した。人が最も恐れるのは貧困、病困など困り切った局面に落ちること。易経ではこれ以上にない困窮に出くわした場合、自らの生命を投げ出し、自らの意思を曲げず、地味な努力を続け、残された立場を利用し這い上がるべきだと教えるが、地味な努力を投げ出して甘美な世界に潜む蟻地獄に引き寄せられ落ちる者もいる。②甘美な世界に潜む蟻地獄に引き寄せられて足を踏み込むと、そこには昨日までの困窮が嘘だったように一時的な悦楽があり、衣食住の保証だけでなく、物質的な悦びの世界が広がっている。人を喜ばせ、自らも喜べる笑いに包まれた魅力あふれる世界なので、裏社会に落ちた少女は何の抵抗なくこの世界に溶け込んでしまう。喜びと笑いを絶やさない母娘姉妹のような人間関係が構築されているので、入れば出られなくなる。③遊女の世界は少女が商品、男を引き付ける愛嬌をふりまける教育が施される。少女は愛らしくふるまうことで金を払う男の本能を引き出し、男を能動的にさせる。客の男は本能にて動けることを悦び、それを受け止めてくれた少女を愛でる。そして本能を受け止めてくれた少女に対し錯覚愛を芽生えさせ少女の虜となる。④遊郭としては少女が客に恋して脱走されては困るので先輩遊女に指導させる。少女と先輩遊女の融和が目的ではなく、客を取り合う競争相手をぶつけ少女を反発させ、より少女の魅力を引き出し、魅力を長続きさせ、多くの客が取れるように育てる。⑤先輩遊女の指導を経て、客を遊ばせ悦ばせ成績を上げられるプロの遊女となる。表社会から隔離された世界ではあるが、表社会の経済が潤ってこそ栄える。表社会の常識や道徳とは別世界にあるが、裏社会内は表社会以上に常識や道徳が求められる。嘘の愛や虚栄で成り立つも、男系家族制が始まって以来の歴史ある完成された商売なので、内部改革など容易にできない。完成された組織の中でプロの遊女となった少女はすぐに先輩遊女となり、先輩と同じ道を歩き始める。不自然な男女交際を生業としていることが判らないうちは何事もうまく行くが、表社会の常識や道徳から乖離したことを生業としていることに気づくと後輩少女への指導に甘さが出て後輩の脱走事件に巻き込まれる。客の家族の不幸で利を得ていることに罪悪感を覚え神仏依存症となり自分を見失う。客とのもつれ事がやがて自らでは解決できないような大問題に発展し経済的、社会的制裁を受けるなど表社会では考えられないようなトラブルを抱えてしまう。⑥遊女を職業とし、男を悦ばせ、社会安定に貢献しているにも関わらずトラブルを抱えてしまうと、表社会における係争とは異なり、表に出し正々堂々と解決することができず、解決過程で一般社会において非の付け所のない人を傷つけてしまい罪悪感にさいなまれる。自らが生き抜くためには問題解決まで自重し、おとなしくし、遊郭の主人、大先輩、裏社会に解決を委ねるしかない。⑦トラブルを乗り越えると遊女の世界では一目置かれる裏社会の姉御のような、クラブのママのような立場になる。努力の積み重ねにて良家の子女出身のような品の良さ、歌や踊り茶道など芸事に優れ、雅な教養を備え、機転を利かせ人を悦ばせることを得意とする表社会から乖離した虚業の裏世界の人になり切ってしまう。⑧表社会に背を向けて生きることが求められ、一般人と同じ幸せを求めることを許されず、それらをわきまえて生き抜かなければならなくなる。身請けしてもらい表世界に出ても一般人と同じ幸せをつかむことはあきらめなければならない。遊女の世界から足を洗うことができても、出身地に戻ることなど叶わない。花柳界で生き抜く道を選べば身のほどを心得、謙虚な振舞いを続ける必要がある。心得を実践し続けることで表社会から尊敬される人となる。⑨花柳界の心得を実践し続け、尊敬される生き方を続けていても、花柳界の重鎮として居続ける限り事件や事故に巻き込まれることは避けられない。いずれは行き詰るような目に遭う宿命を負う。遊女時代に経験したトラブル、それを解決してくれた遊郭の主人、大先輩、裏社会の人などの行為を思い出し熟慮を重ね、信頼できる実力者に相談し事件や事故を根本的に解決する決断をしなければならない。⑩行き詰るような大問題を解決ができても多くのものを失う。多くの遊女が自らの下を去り、今までの経験、やり方が通用しない時代になったことを実感させられる。今までと同じことをすれば失敗の繰り返しになり自らの経歴を汚してしまう。信じる人に新しい花柳界についての教えを請い、新たなことに挑戦し、新たな遊びの世界を創設し、花柳界に貢献しなければならない。⑪新たな取り組みの初期段階は弱弱しいものだが、それがかえって初々しく、いずれ花柳界を引っ張って行くようなことになる。花柳界のみならず芸能界もこのように進化し続けて来たと思う。⑫日本における花柳界、芸能界は裏社会から発展したもので、親分、子分、先輩、後輩の人間関係を基本としている。しかしながら今、花柳界、芸能界は裏社会と決別すべきだという流れがあり、今まさに生まれ変わる途上にある。花柳界の本質は虚業であり表世界と背を向け合いつつも、表社会の一般人を客とし、一般人を悦ばせて成り立っているので、一般人と争うことは避けなければならず、仮に一般人と争い勝っても客を失うだけで何の意味もない。表社会と裏社会はお互い背を向け合っているが、お互い必要としている。今はインターネット社会になり、一般人のレベルが向上したので花柳界、芸能界が生まれ変わるには、一般人の文化レベルに同期させ、自己変革により文化力をアップさせなければならないし、表社会がどんどん透明化され続けているので、裏社会のみならず花柳界、芸能界も例えば京都の芸妓界のような透明化が迫られていると思った。