淀川⑶矢倉緑地公園

「29坎为水」坎卦

淀川右岸、大阪湾に突き出したところの矢倉緑地公園は、明るく黄色い石を重ね、囲いワンドのような池を作っている。その池水は淀川水位が上がり流れ込んだものか、台風の大波などで流れからはぐれてしまった水か、淀川から地下水で浸透した水、池水は得意とする下へ下へと向かう能力が発揮できず、落とし穴のような池で腐りかけ、匂いを発している。池から脱出するには太陽光の力を借りて蒸発するか、淀川水位が上がるのを待つしかない。しかし見捨てられたような水に対して坎卦は悲観することは無い、待てば良いと教える。蒸発水は雲を経て雨水になり、地下水となり、山裾から湧き出て澤水となり海を目標にして下り続ける。塩分を含み海水になれば先ずは海面近くで風に翻弄され白波を立てる。少し深い所に下ると海流に乗せられ世界中を旅する。更に下へと下り続けると光が届かない、巨大水圧を受ける海溝の底へと至り、静かな時を過ごす立場となる。多くの色情物語の背景に水辺があるように水は色情と通じている。色情に溺れた人は水のように下へ下へと下る。この公園の池水は色情に溺れ川の流れに乗り目的としていた海水になる直前まで来られたのに、落とし穴に落とされ、世間から見捨てられ、腐ろうとしている。しかし、このような落とし穴に落ちることなく海水となり、人目から隠れて色情世界で過ごせ続けられたとしても最終的には、これ以上、下ることができない底に至り、静かな時を過ごさざるを得なくなる。この池水はそのような世間の常識を表現しているように見える。水はどのような所も通り抜けて下り続けることができる柔軟さを持っている。しかし、どんなに高圧を加えても体積をほとんど変えず壊れない剛毅さも兼ね備えている。このような水のような性質を持った難を相手に、智恵と知識なく戦うことは危険なだけでなく、無謀に、無鉄砲に立ち向かうと無意味な犠牲を出してしまう。海中にある海流のような目に見えない難に対し、逃げ腰で対応しても良い結果など出せるはずがない。最も危険な場所は、実は最も安全な場所であることが多いので、目に見えない難に対し、これ以上の難が降りかかることがない二つの海流の接点、最も危険な位置にて、生死を分ける決断を行い続け、ものごとの解決を図る必要がある。その際には簡単に人を信用せず、あせらないことが大切だ。地上における危険な河の流れの中にいるような難、例えば大組織の本流で勤めている人に降りかかる難に対しては忍耐が大切で、たとえ上司から与えられた食事が粗末なものでも食べ、どのような薄給でも不満を漏らさず受け取ることで自らの命をつなげ、小さなチャンスも見逃さず、少しばかりの希望が有れば、そのロープを掴み、這い上がらなければならないと説く。易経の四難卦はすべて水に関わっている。「殿ヶ谷戸庭園(1)鹿おどし」で記事にした「3水雷屯」は創生の苦闘に会えば、正しく過ごし、むやみに動くなと諫める。「上津屋橋」「白鳥庭園」で記事にした「29坎為水」は世の中の流れに乗るためには学び続け、智恵と知識を深めるべきだと説く。次回、記事にする予定の水と山に挟まれた「39水山蹇」は危険を避け虎の背中に乗ることができても、そこから降りられないような苦難に会えば、苦難の中にて状況を観察し、平穏に脱出できる道を探し、そして勇敢に困難と闘い障害を排除し逃避すべきだと説く。「相国寺方丈裏庭園(2)」「寺ヶ池公園」「田尻歴史館庭園」で記事にした「47沢水困」は成長が止まり大切なものが流出し続ける困に遭遇したら逃げず、自らに残された手段を使い困から脱すべきだと説く。四難卦は共に難から抜け出るためには努力が必要だと説いている。困難の代表である水と、智恵と知識の代表である火は深い関係を持っている。水は火の熱で蒸発し落とし穴から脱出できる。水の流れの中にある落とし穴に落ちた水滴は光明に向かい智恵と知識を使って泳ぎ本流に戻る。火は現状を変えることができるが、勢い余って燃やしてはならない所まで燃やしてしまう恐れがある。その際には水によって火を消すことができる。火が変化させたものを完成させるのは水による消火だ。消化水が少なければ火は完全に消えず、くすぶった後に再度燃え上がり、次の変化を起こす。水と火はお互いに作用し合い、時代を変化させ続けている。水が関わる四難卦の困難に遭遇したら光明を見つけ方向性を定め、智恵と知識にて困難から脱することになるが、難から逃れる過程で智恵と知識が育成され、自らの心を正直にし、自らが自らの心を信じることができるようになる。多くの難を乗り越えることで、水のような柔軟さ強靭さが身に付き、火のような智恵と知識が身に付き、新たな難に直面しても、しなやかに適応し、速やかに立ち直ることができるようになる。水は火の智恵を、火は水の剛毅さを必要としている。人から信用されない、信任されない、評価されない、予期しない不幸、事故に遭い精神的な打撃を受けても、自然法則を信じ、因果関係を考え、すべての動植物が持つ光に向かって進む本能を信じて進めば必ず変化が起きる。自身が持っている内心を鍛え信念を持って進めるようになれば、他人は不信用、不信任、不評価を続けることができなくなる。やがて不幸、事故を乗り越えることができ、困難は自然に消えていくと易経は教える。