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京都御所

(古墳群のある)双ケ岡と(吉田神社の神苑であった)吉田山の間に京都御所がある。(双ケ岡)一の丘山頂と(吉田山)吉田神社本宮を結ぶ神の通り道は...

京都仙洞御所

平城京東院庭園のように玉石による州浜風景があり、牧歌的な(奈良)旧大乗院庭園のように伸び伸びとした伝統的な貴族庭園がベースとなっている。そこ...

楯ヶ崎(たてがさき)

京都御苑内の京都御所池庭、仙洞御所池庭、閑院宮邸跡池庭のそれぞれの水際に黒い玉石が敷き詰められ、渚の風景が表現されている。どこの風景を切り取...

松阪城

歴戦の武将、蒲生氏郷が築城したので易経「42風雷益(ふうらいえき)益する道」のような、戦機、商機を捉えることの大切さを表現した風貌となってい...

赤井家住宅

河内源氏の赤井直義(1570年~1653年)子孫の住宅跡。1610年(慶長15年)直義は藤堂高虎に仕え1000石を賜り足軽大将として大阪の役...

旧長谷川治郎兵衛家

庭石や石灯籠を通し聖地を遥拝する祈りの武家庭園とは違い、母屋の裏庭(大正座敷庭園)は遥拝を重視せず、茶会の道具と割り切った潔さにあふれている...

津城

藤堂高虎が築城した郡山城、宇和島城、大洲城、篠山城、伊賀上野城の見学を経て、いずれも平時において自城を使い軍事演習していた。将兵を鍛えること...

伊賀上野城

大阪の陣の最中にも築城が続き、大阪夏の陣の終了と共に築城をストップさせられたためか戦いの匂いがする。連戦連勝の武将、藤堂高虎にふさわしい敵を...

明石城

明石海峡を通過する船上にいる人々に見せる城だった。1617年(元和3年)、江戸期第二回朝鮮通信使を迎え入れた年、信濃松本藩主だった小笠原忠真...

姫路城

天空を反射する白壁の大天主、西小天主、乾小天主、東小天主が聖人のように立っている。池田輝政が聖人を天主で表現したのだと思う。歴代藩主は日本一...