国分寺の段丘崖と、丘陵端の湧き水を利用した庭園。1915年、三菱合資会社の専務理事だった江口定條が別荘を構え、その別荘を1929年、三菱合資会社の岩崎彦彌太が買い取り、戦後、東京都の所有となった。経営者は徳にて経営を行わなければ社会に迷惑をかける。才にて進歩を成す。巨大財閥経営者の庭なので徳にて企業経営、才にて商売すべきことを画いていると思い庭鑑賞した。
庭園に入りすぐ目につくのは綺麗な芝生面と天空。来客者は先ず空と地が見える本館へと案内される。天空は易経1番「乾为天」乾卦、乾卦爻辞は「元、亨、利、贞」。「元」は万物の始まり、「亨」は成長、「利」は収穫、「贞」は成就。意味は、おおいにとおる、正しきによろしい。地は易経2番「坤为地」坤卦、坤卦爻辞は「元、亨、利牝马之贞」。「元」は万物の始まり、「亨」は成長、「利牝马之贞」は雌馬のように貞節で正しく。意味は、おおいにとおる、雌馬のように貞節で正しく。庭鑑賞者に真っ先に易経1番「乾为天」と2番「坤为地」の天地を見せ、人は仁、礼、義、智を備えるべきことを説く。次に茶室のある紅葉亭へと案内、鹿おどしを見せる。この別荘は国分寺崖線と呼ばれる段丘崖を利用し、崖から浸出する湧水にて沢を作っているので、紅葉亭の真下には地面を震わせ崖を移動させる巨大な力を持つ地下水が流れている。その地下水を井戸で汲み上げ、空気を振るわせる鹿おどしの音にて「3水雷屯」屯卦を画いている。屯卦は天地が作り出す創生の苦闘を解説する。屯卦爻辞は「元、亨、利、贞,勿用有攸往,利建侯」おおいにとおる、正しきによろしい。しばらくみだりに動くな、有利な地盤を確立すればよろしい。最後に次郎弁天池の湧き水を見せ、山の下から泉が湧き出す「4山水蒙」蒙卦の情景を見せる。蒙卦から出た四字成語「蒙以养正」人生の礎となる人生観、世界観、価値観など足元を固める教育は幼い時から始めるべき、教育は正しく適切でなければならず、人は正しく養うべき。そして、学ぶ者は素直に教えを受け入れ、正しい道に導かれるのを待つ心が徳であると教える。この庭園はこれら4つの教えを主人と来客者が共感できるようにしている。本記事では「3水雷屯」屯卦の教えを書き出し、次の記事では「4山水蒙」蒙卦の教えを書き出すことにした。
繰り返すが、鹿おどしの風景は丘陵上にある水が、巨大エネルギーを発生する地下水脈を持つ丘陵、つまり震に注がれている。困難の象徴である水が新生の震を利し、生み出すことを助けている。屯卦から出た四字成語「始生之难」生みの苦しみとは種がこれから訪れる幾多の苦難に思いを至らし、幾多の困難の道でも、第一歩を踏み出さなければ生まれることができないので、危険と向き合い、動き始めることを決断、動き出す意味である。始生は極めて大変なことだが、爻辞で、おおいにとおる、正しきによろしい。しばらくみだりに動くな、有利な地盤を確立すればよろしいと教えるように、屯卦は父である「1乾为天」と母である「2坤为地」が合わさってできた3番目の卦で、父の陽の気が、柔らかい母体に入り、陰陽の気が、お互い動き合うことで種になり、その種自身が生まれることを決断し動き始めるも、初動段階では、むやみに動くな、根が付くまではおだやかにし、基礎を固めよと諭している。これは新たに企業を起こした人、或いは大会社に新卒入社した人へのアドバイスでもある。種の活動し始めは慎重に動かなければならず、向かう方向が正確か、行動のやり方が合理的か、行動の方法が正当かを考えながら行うことで、おおいにとおる、正しきによろしいとなる。
企業を起こす人には強烈な創業動機があり、発想がある。しかし、それを実行できる環境は何も無く、一から環境を作り整備しなければならない。第一歩を踏み出さなければ何も生まれず、夢の実現もできない。植物の種のように先ずは生まれるに適した場所を定め、生まれることを決断し、いろいろなことを学びながら根を張り、地表から芽を出す実力を付けてから芽を出す。焦らず、慌てず、やるべきことをやり、押さえることを押さえ、先ずは芽が伸びる基盤を作る。基盤作りは無理せず、一気に行わず、けつまずかないようにする。けつまずけば夢の実現がかなわなくなる。基盤作りの段階で正しいことを行わなければ、事業が軌道に乗った後までも心配事に付きまとわれてしまう。この別荘地は地下水脈の出口で、地盤が揺れ動く恐れがある危険な地、基盤作りの段階はこの鹿おどし風景のような不安定な状態にあり、雷が鳴り万物がチャンスを掴み生まれてくるように、基盤ができ上がればチャンスを掴み伸び始めることができる。
大企業に就職する新入社員は学校での教育期間において、いろいろな事象を観察し、自らが興味のあること、やりたいこと、できることを把握し、自らを高めることができる企業を探し、理想の企業に入社する。もし自らの目標が無く、自ら向かうべき方向が判らず新入社員となれば、鹿おどし風景のような不安定な場所に立ち尽くすだけで、いつまで経っても基盤作りの開始ができず、目標とすべき人を見つけることができず、ただ企業に居続けているだけになる。現代の多くの学卒者は企業入社を学校の延長と考え、仕事を教えてもらえ、自分の立場を与えてもらえる場所だと錯覚し入社する者が多い。それは自分に何ができるのか、自分は何をやらなければならないのか判らずに入社したからであり、自分がどのような人間か判っていないからである。自分がどのような人間で、何ができるのか、何を目標にしているのか判った人だけが企業人になれるスタート地点に立つことができる。
新入社員はやる気があっても自らの判断で自らの力を発揮できる地位には無い。企業内で何の経験も積んでいないので、これまでいくら学問を習得した、智恵があるとしても誰も自己判断で行動することを求めておらず、自らの意見を述べても誰も相手にしてくれない。よって慎重に動き、安定して学べる場所と人を見つけ学習に励むことになる。教えてくれるのを待ち続け、このようなレベルの低い仕事はしたくないというようでは、いつまで経っても新入社員のレベルから脱することはできない。目標とする人を見つけた者だけが自らを育んでくれる所に進め、自らの立ち位置を定め、自らの基礎固めを開始することができる。安定した学ぶ態度、おだやかさ、勤務規則を基に働くことで、自分の足場を守ることができ、発展の基礎を作ることができ、企業が求める一般社員になれる。
通常、一般社員はベテラン社員とペアになって働く。良く仕事ができるベテラン社員は一般社員のあこがれで、軍隊なら兵が良くできた下士官に憧れるようなものだが、ベテラン社員の地位は出世さえ望まなければ、おちついて仕事ができる地位で、自己の適正に合った仕事を任されているので、変化を好まず、企業内で筋を通し、雌馬のように貞操を守り社長の意向を基に仕事をしている。よって一般社員がベテラン社員に独立を勧め、二人で企業を立ち上げることを求めても、求めに応じることはない。あこがれのベテラン社員に付き従い学ぶことで障害なく順調に伸びていける訳ではない。あれをしてはダメ、これをしてはダメと、行動開始前にベテラン社員から行動を遮られ、軽率な行動をしないよう警告され、企業の掟を徹底的にたたみ込まれる。
部課長は一般社員に対し、むやみに仕事をするなと諫める。成果を上げるためには条件を整え、タイミングを図る必要がある。条件を整えることなく、タイミングを図ることなく、がむしゃらに働いたところで自身の実力を発揮できるタイミングは掴めない、成果を上げるにはそれぞれの仕事に精通した人に付いて指導を受けなければならない。部課長は一般社員をそれぞれの仕事の精通者に付かせ、成果が上げられるようにしてくれる。仕事の着手前に事前準備、段取りを行うように指導し、成果を上げるチャンスの掴み方を指導してくれる。部課長の地位者本人は企業から自己過信による行動を強く戒められており、計画を練り、慎重に行動するように求められているがために、性急、短慮に走りがちな一般社員に対し、計画を立て、慎重に行動するように指導する。一般社員に対し、このような指導や手配ができる部課長は多くの成果を上げられるが、逆にこのような指導や手配ができない部課長は淘汰される。
役員は一般社員に、ものごとは高所から見るべき、流れを見るべきだと教える。一般社員は多くの役員の中から自分の理想者を見つけ出すことが多く、役員との交流にて根を張り始める。役員からこの方向に行ってはダメだ、あの方向へ行ってはダメだと教わり、入社した企業でやるべきこと、やってはいけないことを学び、順調に成長して行く。
社長は企業の中心人物で、経営総責任者である。社長の話を理解することで、更に根を深く張り、根を固め、芽を出すことができるようになる。芽が出れば社外交渉に当たれ、自社について語れる資格が与えられる。しかし芽が出たばかりの時は弱弱しいので、成果を焦り、力を出し切るのではなく、部課長、ベテラン社員から言われた目標に到達できれば良く、大成果を求めるより自身の成長を優先させるべきと指導される。社長は自分の感情をおさえ、こらえ、がまんしている立場の人なので、耐えること、待つことの大切さを教えてくれる。社長の言葉で芽を出す一般社員は成長し続け、わずかずつではあるが実力が付いていく。
会長は生まれたばかりの赤子が泣くのを止め、笑い出すのを見守るように、企業人に育った一般社員を見守っている。以上のように新入社員を企業人として育てるため企業は長期的な視野に立ち、十分な計画を持ち屯卦の教え、つまり自然の道理どおりに新入社員教育を行っている。企業は同じ志を持ち、同じ道を歩む人からなる集団なので、新入社員教育を通じ、ゆっくりと一歩一歩、前進を続けて行く。よって成長企業は毎年、新入社員を求め続ける。屯卦をひっくり返すと「4山水蒙」蒙卦となり、屯卦の次の蒙卦は童蒙教育を説いている。