白鳥庭園

「29坎为水」坎卦

日本武尊の妃、みやずひめが神剣を祀ったことを起源とする熱田神宮が500m東にある。その神剣はスサノオがアマテラスに献上した三種の神器の草薙剣。日本武尊が東征に持参し、伊吹山に向かう直前、みやずひめに預けたもの。白鳥庭園と熱田神宮に挟まれた所に日本武尊の墓と称す白鳥古墳があり、その北方300mに、みやずひめの墓と称す断夫山古墳がある。日本書紀では、日本武尊は伊吹山の戦いで病気になり、能褒野王塚古墳の地で亡くなり、白鳥となり二つの白鳥陵の地に飛んだと記されているので、伊吹山から熱田経由で亀山市に向かい、御所市、羽曳野市を目指していたと察せられる。日本武尊が亡くなった三重県亀山市には能褒野王塚古墳が、奈良県御所市には白鳥陵が、大阪府羽曳野市には巨大な白鳥陵がある。北海道と沖縄を除く日本全国に日本武尊伝説が残り、日本武尊を祀る数多くの神社が点在するので日本人にとって日本武尊は身近な英雄で祖先神だ。この水また水の坎卦を風景描写した白鳥庭園は日本武尊が西征と東征を成功させ父、景行天皇を中心とする国家作りに大きく貢献するも、父に疎まれ中央政権に入れず、若くして戦病死した悲劇の姿を画いたように見える。白鳥庭園のHPでは「築山を御嶽山に見立て、そこを源流とする流れを木曽川とし、水が遠のく御嶽山の麓を流れて寝覚の床の渓谷へと下っていく風景を描写。それは滝や巨大な岩が創りだす源流風景、清流が勢いよく流れる渓流風景。渓谷の両岸を覆う楓が秋には真紅の彩を添えます。深山幽谷の雰囲気を醸し出します。」と説明している。水の流れのような艱難辛苦に揉まれ続けた皇太子、日本武尊を画いたと思った。日本武尊は危険を冒して西征、東征を成功させるも、伊吹山の戦いで病気になり亡くなった。幾多の艱難辛苦を乗り越えることで危険察知能力を向上させ続け、危険回避術を学び続け、うまく泳ぎ続ける方法を学び続けた。学んだ知識や智恵を自らの欲望満足に使わず、更なる危険や困難から逃げずに伊吹山の戦いに臨んだ。本人は志半ばで亡くなったが、その精神は日本人に受け継がれ続け、今も日本人は日本国土を守り、日本文化、日本人のアイデンティティーを守るために戦い続けている。この庭はその精神を表現している。水が流れるところは凹凸があり危険だ。自らの力ではどうすることもできない流れに乗れば、うまく泳ぐ以外に危険を回避する術は無い。危険を前にして冷静であるためには、水のように柔軟でありながらも、流れに乗り続ける信念を持ち、正しい心を持ち、正直でなければならない。人の行く道には、あちこち落とし穴があり、悪意を持った罠が仕掛けられている。窪み、落とし穴に流れ込むと滞留する。人は落とし穴に落ちると悩むが、悩むのではなく状況観察し解決策を見つけ出し、行動を開始しなければならない。悩みを乗り越えることを繰り返すことで、学習を重ね、危険を熟知し、対策を身に付けることができる。人生の道に精通すればするほどに対応力が身に付き、自らを守れ、他人と共に生きることができるようになる。苦難を乗り越え続けることで尊敬が受けられる。流れに乗り続ける志に他人が追随するようになれば、一致団結して困難を突破できるようになり、やがては流れ続けていることを喜んでいるかのような大河へと変貌し、大きな事業へと成長して行く。世の中の大きな流れに個人の欲望、個人の良心など通じないが、人は流れに乗るしか成功の術はないので、人は流れに乗ろう、流れに乗り続けようとする。しかし流れの底には多くの落とし穴や罠が仕掛けられている。欲につられ投資に大失敗した者、他人の甘言に乗せられ地位を失った者、ハニートラップに引っ掛かり身動きが取れなくなった者、自己能力を引き出すため薬物に手を出し健康を害した者、少額借金が膨らみ破産に至った者など、罠に引っ掛かり身を崩す者は後を絶たない。人は生活のため、自己実現のために世の中の大きな流れに乗らなければならないが、罠に嵌められて落とし穴に落ちないために、自分の頭で理解できないこと、自身の能力を超えたこと、成果が上がらないことを行わないことも大切だ。自らの分限を超えた行為を続けると災いを受け易くなり、悪い結果を招きやすくなる。他人に騙され罠に嵌められ穴に落ちても、自らは他人を騙さず、他人の成果を奪わず、策略、策謀、陰険なことをしないことも必須だ。策謀や陰険な行為が発覚すると、他人が寄り付かなくなり、社会から疎外されてしまう。坎卦が教える罠に嵌らないための防衛手段は、騙されない防衛心を持つことも大切だが、それ以上に自身の心の中にある単純な正直さを守り、自身の欲に負けることなく善良で正直な内心を保持し続け、永続性ある正しい判断ができる状態を維持しておくことが大切だ。落とし穴に落ちると大変な艱難辛苦が待ち構えていることを知っておき、罠に嵌められても対応できる知識と智恵を備えておくこと。人の外には災いが多くあり、人の内には健康を害する欲がある。人は外と内の両方と戦い続けなければならならず、そのためには水の流れのように繰り返し、繰り返し学び続け、繰り返し、繰り返し良い習慣を育て、それを続けなければならない。坎卦は習坎を訴え、正常な心を保ちさえすれば亨と説明している。真心は正直な心と信念で保たれる。人の心は水を入れた器のようなもので、綺麗な心は澄んだ水のようなもの、水に沈む性質があるように人の心も沈もうとする性質がある。よって落とし穴に落ちやすい性質を持っている。人の心は穴があれば落ち込もうとようとする。穴に落ちればその場所を安住の場所と捉え、日々、嘆き悲しむことを楽しむようなところがある。そのままではより困難が降りかかってくるし、人生は永遠に落とし穴で安住させてもらえるものではないので、穴からはい出さなければならない。しばらく静かな時を過ごし、自己修養にて智恵を育て、恐怖心を払拭し、再び流れに戻る気を育てなければならない。世の中の大きな流れは、人々が善いことをしようとしてスタートしたケースが多い。より便利で快適な生活ができる商品やサービスを提供したい思い。より安い商品を提供し人々を豊かにしたい思い。愛情にあふれた家庭や社会を作りたい思い。嘘の無い政治の世界を作りたい思い。貧困を無くしたい思い。そのような思いや善意にて流れがスタートするが、流れが出来上がると、流れを利用し、罠を用意する悪意を持った者が出現する。その悪意ある行為を止めさせるために法律や規則が設けられるが、政治がからみ、企業活動がからむと利権が発生し、更なる悪人が出現する。その結果、世の中の大きな流れには考えられないほどの大きな危険や危機が内在することになり、リスクが拡大し続ける。人は地位が高くなり本流の中の本流へと進むほどに、より大きな罠と対峙しなければならなくなり、障害と困難に立ち向かわなければならなくなる。高位の人ほど、学びを繰り返し、外の危険と内なる心の中に発生する欲望と向かい合い、泰然とした心を育成し続けなければならない。人類最大の危険や危機は人と人が無感情に殺し合う戦争だ。危険には危険で対応する世間常識に沿い、人類は核兵器所有競争に陥っている。核兵器原料を得るために原子力発電所を作り、日々、汚染熱水を大量放流し続け、海水温を上げ続けている。福島原発事故では広島原爆の500倍という放射性物質が放出されたと聞く。そして、極めて廃棄困難な原発、核兵器、原子力空母、原子力潜水艦を作り続けている。人類はこれら破棄が極めて困難な核関連設備製造の拡大を止める智恵を持たず、極めて破棄困難なゴミを蓄積し人類の家である地球を汚染し続けている。その流れを作った人物、流れの責任者はまるで海溝の底にて巨大な水圧を受け、動きを失った水滴のように、巨大な重圧に耐え続けている。