正伝寺

陽の庭から見る比叡山

初めて正伝寺庭園から比叡山を見た時、見覚えある比叡山だと思った。そこで地図を開き、正伝寺本堂と比叡山山頂とを線で結んでみると、線上に円通寺の書院と庭園があった。風景に見覚えがあったはずで正伝寺と円通寺とは全く同じ形の比叡山を借景にしている。違いは円通寺庭園が陰の庭、正伝寺庭園が陽の庭、光の使い方が円通寺と正伝寺と真逆となっていること。そして比叡山までの距離の違い。正伝寺から円通寺までの距離は約2.89㎞、円通寺から比叡山山頂までの距離は5.64㎞、正伝寺から比叡山山頂までの距離は約8.53㎞、高度は正伝寺が海抜145m、円通寺が海抜107mなので当正伝寺が上から円通寺を見下ろす位置にある。実際には円通寺の背後に山があるので正伝寺から円通寺は見えないが、両寺の地理関係から見て円通寺庭園は正伝寺庭園にかぶされている。円通寺庭園の作者は後水尾上皇、正伝寺庭園の作者は小堀遠州。正伝寺庭園にかぶされている円通寺庭園は、薄暗い書院内から薄暗いヒノキ、スギの幹と幹との間に比叡山を望む。これによって鑑賞者の瞳孔を開かせ、借景の比叡山と上空の空のみ明るく見せ、比叡山を浮き出させ見せている。庭石と樹木をリズミカルに配することで庭に比叡山を取り込んでいる。書院内で鑑賞する人の心に爽やかな比叡山を取り込ませる。これに対し正伝寺は、白砂に反射した光を方丈内に取り込んでいるので明るい方丈の内から比叡山を望むことになる。庭を白壁で囲んでいるので、白砂と白壁で庭がとても眩しい。自ずと瞳孔が小さくなる。借景の比叡山は、白壁の上に頭を出している。空が庭と同様に明るいので、比叡山が青暗く沈む。庭は単純構成で石を置かず、サツキの刈込を7、5、3調に配している。借景庭園は単純構造の基本通り築庭されている。極めて明るい庭なので瞳孔がとても小さくなり青黒く沈んだ比叡山に神経が集中する。比叡山を凝視させるので鑑賞する人の心に威風堂々とした比叡山が記憶される。借景としている同じ形の比叡山だが、庭の様式を真逆にすることで違った印象を鑑賞者にもたらせている。この二つの庭園技法は日本庭園の教科書的な役割を果たし続けている。正伝寺庭園は「獅子の児渡しの庭」と名付けられている。しかしこの庭には石が置かれておらず、獅子を連想させるものは無い。正伝寺から見える借景の比叡山を獅子とし、獅子が七五三調に距離が離れている円通寺を介して正伝寺に(獅子の)児を連れて渡ってくる如くに見せている。円通寺庭園では40余りの大小の石を3列に並べ、獅子の大きな群れのように見せているが、比叡山から円通寺の庭にすでに渡った獅子の群れに対し、獅子の児を連れ円通寺庭園から正伝寺庭園へ渡ってくるように促している。その解釈の訳は、この庭がサツキの刈込を七五三調に並べていること。正伝寺ー比叡山山頂の距離は8.53㎞、円通寺-比叡山山頂の距離は5.64㎞、正伝寺ー円通寺の距離は2.89㎞、並べて見ると8.53:5.64:2.89無理をして見れば7:5:3と読めない訳でもない。七五三調と三者の距離とを重ねている。正伝寺方丈の上段の間の襖絵に岩山が描かれている。地盤強固な岩山の上から比叡山を望むという趣旨だと思う。上段の間から比叡山山頂を見た時、七五三調のサツキの刈込の内、七を表現したサツキの刈込群と五を表現したサツキの刈込群との間に比叡山山頂が来る。正伝寺と比叡山山頂との間、約五分の三の位置に円通寺があるという意味にとれる。そのポイントと比叡山山頂とを結んだ線が円通寺の書院を通過する。つまりそのポイントが円通寺を見下ろす位置となっている。現在は目隠しのために白壁の先の樹木を大木に育てているが、樹木が大木に育つ以前は円通寺背後の山が見えたはずだ。現在、白壁の外のしだれ桜が大きくなり、上段の間から比叡山山頂が十分に見えなくなっている。刈り込みが必要だ。円通寺の書院は長手方向を京都御所遥拝方向としたため、書院の正面は比叡山山頂に向かって約15度時計回り方向に外れている。正伝寺の方丈も同様に長手方向を石清水八幡宮遥拝方向としたため、方丈の正面は比叡山山頂に向かって約15度時計回り方向に外れている。よって方丈の建屋に沿って庭に向かって座った場合、円通寺と同様に同じ角度(約15度)首を左に曲げ比叡山山頂を眺望する必要がある。尚、正伝寺の鐘楼は石清水八幡宮と金剛山山頂を遥拝する方向に建てられている。太陽が庭園内を照りつける時に比叡山は遠くに、曇った時に比叡山が近くに見える。方丈はスギの山に囲まれ、庭の南側にはツバキ、イヌマキなどが整然と植えられている。緑に囲まれた庭なので鳥のさえずりが音楽のようで、比叡山を集中して見る鑑賞者にここちよく響いてくる。庭園内に丸刈りのサツキだけを配した技法は凄い。通常なら大きな石を置いて比叡山を大きく見せようとしたくなるものだが、陽が強すぎる庭なので、これ以上エネルギーを発する石を置かず、サツキの刈込群で比叡山の形に対応させ、比叡山を大きく見せている。同じ庭を作らない小堀遠州の芸術家魂を感じることができる。この庭は円通寺と同様に日の出、月の出、季節による比叡山の色の変化が楽しめる。この庭は円通寺と違い空が高く広い。白砂、白壁効果で、月の光を十分に方丈内に取り込める。中秋の名月の鑑賞時間帯も長い。どこまでも明るい庭、明るい方丈だ。血天井まで明るい。白壁の瓦と壁との間に隙間を設けている。方丈の風通りを良くし方丈内に風が通りように工夫している。白壁の下側、白砂との境を黒くしたことも素晴らしい。両庭園を評するならば、円通寺庭園は「心の庭」、正伝寺庭園は「綺麗な庭」