五個荘 中江準五郎邸

宝石箱のような庭

庭東端の築山頂部に清水の水源があり、庭の西南方向と北西方向に向け別々の渓流に水を流している。西南方向に流れた水は沢池に入り、北西方向に流れた水は先ずは築山の渓流部分を通り、築山を降りたところで沢池から溢れた出た水、手洗い鉢からこぼれおちた水と合流し小川となり邸宅外の水路へと流れて行く。築山上の渓流は黒い石を敷いているので掘りこまれているように感じる。小川は庭の入口門を潜ってすぐの通路左側にある。邸宅外の水路水位は道路より50cm以上は低く、邸宅外側の水路へ向けて水を流しているので、小川の水面が非常に低いところにあると感じるほどに小川はずいぶんと掘りこまれている。小川に沿って置かれた飛び石の頭の厚みがとても厚いので、飛び石に立つと更に小川の水面が低く感じる。商家の庭には深い掘り込みを見ることが多い。この小川は深く掘りこまれた上に水量が多いので、易経「29坎為水」を表現したものだと思った。陽の気を取りこむほどに深く掘り込まれた陰の小川。そこに絶えることのない大量の水が流れ続けている。報われることがないほどの困難な状況の中で、この水路が正道だと信じ目標に向かって進み続ける。ひたすら商機の到来を待つべき姿を表現した前庭だ。本庭はツツジ、サツキ、ヒノキの大刈り込みが庭池を取り囲むように配され、築山の頂点(水源)付近を中心に、富士山の流線形のように、流れるような刈り込みがされている。池の中には小さな噴水がありそれほど高くはないが水が垂直に噴き上がっている。池底には青緑の泥が敷かれているので水が澄んでいるように感じる。そこに錦鯉が泳いでいる。築山には枯山水の枯瀧もある。築山の泉から沢池に向かって流れる渓流は掘りこまれておらず、真ん中に小さな石を並べ細い堤防で仕切った2条の渓流となっている。奥の方は黒い玉石を敷いている。手前(通路側)の方は比較的明るい石を敷いている。渓流の水面は通路より少しだけ低いが、黒い玉石を敷いた方は視覚的に少し深く、水流が早いように見える。明るい石を敷いた方は水流がずいぶんと遅く、水が山に吸い込まれているように見える。本庭は築山、沢、沢池を見せるので易経「41山沢損」を表現したものだと読んだ。意は沢が損して山が得し、大地が損して植物が得し、植物が損して動物が得するように損ずる道は自然の道理、商売で損をすれば誰かが得をするのは自然の道理、損をして怒るのは欲が深いから、心を静め金の動き、物の動きを見て商機を待つべきことを表現している。築山に登る道には頭が平らな小ぶりの石を集め上面が平らになるように組み、その間に砂を詰めて道を固めたものがある。しっかりとした石の階段がある。築山を通る道はすべてがしっかりと固められている。山中の道をただ歩くのではなく、足元がしっかりとした山道で足を止め、風景を見ることを勧めている。この情景は易経「52艮為山」を表現している。意は深山にて山のように自らの分限を知り、かたくなに分限を守り、己の信ずる場所に止まるべきこと。羨望することなく誘惑に道を踏み外さないためには見ても見ず、聞こえても聞かず、踏み出すことなく止まるべきこと。伊吹山山頂と(奈良)佐紀瓢箪山古墳を結ぶ遥拝線は庭池を通過するので、沢池は神が遊ぶところになっている。朝鮮・満州で最大の百貨店チェーン店(三中井百貨店)を経営していた中江家は終戦にて全ての対外資産を失った。庭に隣接する隣の家屋(喫茶店)はその際に手放したもの。庭の中にある隣家家屋は伊吹山山頂を遥拝する方向に建てられている。この庭はそちらの家屋から東北方向の伊吹山山頂を遥拝するための庭として設計したことが読める。伊吹山をイメージさせ山を中心とした易経内容を画いた庭だ。山に関係する易経内容を画いた庭として、金刀比羅宮表書院庭園を記事に上げているが、自省の庭だ。そのような易経の山の象意を読み取らせる庭を真似、武家庭園と同じように遥拝先を持ち、遥拝先に祈りを捧げるための近代商家の庭だ。庭の周囲は近江商人屋敷が多く、作庭当時の借景が生きている。江戸庭園との違いは2階から庭と借景が楽しめること。日本庭園の繊細な技巧をちりばめているので宝石箱のような美しさがある。手入れするほどに美しくなる庭だと思った。