富士山頂上付近、富士山本宮浅間大社東北奧宮久須志神社と高千穂神社本殿を結ぶ神の通り道は当寺庭の南約50~60mの山中を通過している。鹿児島、霧島神宮本殿と奈良、黒塚古墳を結ぶ神の通り道は当寺建屋を通過する。三方の山に取り囲まれた庭であり、山に神の通り道があり、更に、当寺の南東1.3kmには、古来の信仰地、鍛冶ヶ峰と、その傍に神を呼び寄せる鍛冶ヶ峰神社があるので、三方の山は神の降臨地と言えるはずだ。参道が出雲大社に向いているので、大国主命ら出雲大社の神々を迎え入れるための極めて神々しい庭だと判読した。神の宿る地にある当寺の創建者は、曹洞宗総持寺の住持を務められた全庵一藺禅師なので、作庭家、上田宗箇は他の庭のように石を躍らせることなく、連なる護岸石と飛び石、尾根が迫り出していることを利用した石組みにて躍動感あふれる龍を表現したのだろう。いくつかズングリとした神が宿る権現石が見られ、多くの神が庭のあちこちに権現しているようで迫力ある。池の水源が見当たらない。岩のように組んだ石の間から滲み出た山水か、流入した雨水が手前の州浜に続くように見せる砂地の池に溜まっている。浅い池の中には煩悩の象徴である魚が生息できる余地はなく、煩悩を綺麗に排除した悟りの境地を表現している。そして鯉が龍となったことを表現している。池の右手には三日月の火袋を持つ石灯籠が水面を照らすように置かれている。山頂からつながってきたであろう尾根は龍が下りてきたように池まで伸び、尾根に岩のように見せる石組みをし、三日月型の池を模っている。池の中には聖なるものを表現する石が置かれ、頭を水面上に出している。尾根にスギ、ヒノキが大木に育っている。尾根に施された石組みの背後、苔面上には剣の先を示す石、鏡面を持つ石があり、勾玉を連想させる三日月型の池とで三種の神器を表現している。池の下流側には亀島がある。モッコク、アセビが多く、ツバキ、ドウダンツツジ、カエデ、マンリョウなどがある。昇龍を表現するマツを見かけなかったので、全庵一藺禅師が晩年を過ごされたことを印象付けるため龍の棲み家を表現したのだろう。閉鎖的な空間に作られた庭なので心も表現している。心の中を神となった祖先で固めることで、自らの生存欲が満たせ、自らが行うべきことを見いだせ、雑念が払える。穏やかな日には風が水面を乱すことが無いので、座禅三昧の時を感じさせている。大風の日には山の木々が揺れ風の音が高ぶり、水面が波立つので、何もかもが散乱してしまうように感じるが、そのような時には祖先に思いを至らせ、祖先神に祈りを捧げ心が散乱しないようにすべきことを教えている。心の中に祖先神を取り込むことが心を落ち着かす最善の手段であり、神社に参拝すれば幸福感を得ることができることを教えていると思った。