旧長谷川治郎兵衛家

庭石や石灯籠を通し聖地を遥拝する祈りの武家庭園とは違い、母屋の裏庭(大正座敷庭園)は遥拝を重視せず、茶会の道具と割り切った潔さにあふれている。茶会を通し人脈を作る商人の文化活動を偲ぶことができる。離れの庭(殿町側敷地の庭園)も茶庭だったが、今日庵の写しが撤去され、稲荷社を中心とした神の降臨儀式庭となっている。先ずは大正座敷がある母屋を通過する神の通り道をグーグル地図で調べた。加茂別雷神社(上賀茂神社)本殿と伊勢神宮内宮の(西側)御正殿を結んだ線は大正座敷東側の庭(表庭)を通過する。城南宮本殿と豊受大神宮別宮(伊勢神宮外宮)月夜見宮を結んだ線は大正座敷中心を通過する。清和天皇水尾山陵墓と豊受大神宮御正殿(伊勢神宮外宮)を結んだ線は(京都)東寺食堂、伏見稲荷境内の伏見神寶神社を通過し、大正座敷西庭園と母屋を貫く。母屋と庭は京都と伊勢神宮の神々が往来する線下にある。母屋は大きな町屋作りで、大正座敷の東と西にそれぞれ小さな庭があり、風通し、雨水処理、太陽光の取り入れを行っている。大正座敷の西側の庭は白壁の蔵と木塀に囲まれた質素で簡素なものだが、ドウダンツツジとカエデを部屋の中から一番目立つところに配し季節の変化を大きく感じられるようにしている。地面にササを、巨木となるアラカシを小さく育て山奥の味わいを出している。冬に赤い実をつけるマンリョー、ツバキの花で冬景色に色を付けている。質素で簡素な作りにて、わびさびを感じさせ、飛び石にリズムをつけることで次は茶室に向かうことを暗示している。飛び石が灰黒系なのに対し、沓脱石が薄ピンク色なので驚きがある。部屋の中からは幹だけが見えるヒノキ3本だが、イヌマキの玉散らしのリズムに沿って見上げた先に葉が付いているので天高いことを感じさせられる。飛び石は上面と地面との高低差を感じさせることで一歩一歩踏みしめさせて歩かせるようにしている。品良く見せる石灯籠に火を入れると昼間とは違った庭になるのだろうと思うほどに洗練された上品な庭だ。次に離れと庭(殿町側敷地の庭園)を通過する神の通り道を調べた。江戸時代は奉行所として使われた場所なので、多くの神の通り道がある。加茂御祖神社(下鴨神社)東本殿と伊勢神宮内宮御正殿の北側、皇大神宮別宮荒祭宮を結んだ線は離れの池庭を通過する。銀閣(観音殿)と伊勢神宮内宮御正殿の北側、皇大神宮別宮荒祭宮を結んだ線は離れ建屋を通過する。離れから約9㎞東南東の隆子女王(伊勢斎宮)墓と出雲大社御本殿を結んだ線は池庭を通過した。この線両側には当地の神社が点在している。伊勢神宮内宮を創設した倭姫命の活躍時期に山上に造営され、現在地に移転された二つの阿射加神社を起点とする神の通り道を探した。(大阿坂町)阿射加神社と(伊勢市)磯神社を結んだ線は当家離れの庭の中心を貫いた。(小阿坂町)阿射加神社と木綿業者が信仰する(井口中町)神麻続機殿神社本殿を結んだ線は離れ建屋中心を貫いた。この線両側には当地の神社と寺が点在している。木綿業者が信仰する(大垣内町)神服織機殿神社八尋殿と(羽曳野)応神天皇陵中心を結んだ線は離れ家屋と庭を通過する。この線は継体天皇皇后陵、馬見丘古墳群を通過し、線両側には神社、古墳が点在する。奉行所跡に作られた離れ建屋と庭には多くの神の通り道があり、交叉している。長谷川家の家業が栄えることを祈るために庭に稲荷社を作ったのだろうが、神の通り道の交叉地に社があることで神の降臨を祈り、降臨した神々が遊ぶ池庭となり、ひいては日本文化を守ることに通じている。よって、池庭が潰されることは無いだろう。現在、稲荷神社での宗教活動が止められているが、定期的に祭祀を行い、庭を清めてこそ庭は美しくなるはずだ。離れの庭は軍国主義の時代に作られたため灰黒系の石が多い。離れから庭を見ると灰黒系の飛び石とコケ面にて地面が沈んで行くように見え、その先の池水が緑色なので庭全体が重く感じる。そこに豪商の象徴である大きな石灯籠があちこちに立てられ、大きな石、大きな手洗い鉢、沓脱石が置かれている。冬の庭は低木に育てられたアラカシ、モッコク、ウバメガシの葉が美しく、葉を落としたドウダンツツジの幹が美しく、クチナシの橙色の実が庭に色を添えている。高価なアカマツ、クロマツが伸び伸びと育っているので、寒空の下に豊かさがある。庭の中のヒノキ、スギ、クスノキが稲荷社を盛り立て、稲荷社背後の築山の多くの常緑樹が大木となり鎮守の森となっている。庭の中心石は聖なる池の中にある聖なる島に立つ石碑で、江戸庭園の石組とは違った斬新さがある。池は浅く大波が立ちにくので穏やかだ。母屋の庭は風を通し排水するためにあり、離れの庭は風を感じる大木に包まれ宅地に池が掘られている。二つの庭を易経に当てはめると「42風雷益(ふうらいえき)益する道」がふさわしい。商売は戦いと同じく、損が損で終わらず益に通じる。善事には風の如く従い、過ちには躊躇なき決断で対処し道を改める。商売の道を画く庭だ。