東福寺芬陀院 鶴亀の庭

(京都)御香宮神社-(奈良)綏靖(すいぜい)第2代天皇高丘宮跡-葛城一言主神社-高鴨神社を同時遥拝する門を潜り、一直線上にあるこれら聖地を指し示す参道を聖地方向に進み書院に至るようになっている。書院は(中国)少林寺と(奈良)法隆寺を遥拝し、唐門は少林寺に向いている。1939年(昭和14年)重森三玲が雪舟庭園を復元した。法隆寺を遥拝する向きに建てられた書院奥の間から鶴島と亀島の石組が楽しめる。極めて単純なので借景庭園だったことが一目で判る。庭標高は42m、法隆寺遥拝方向の各高度は、100m先の東福寺外周道が39m、700m先の稲荷小学校が35mなので、創建当初は南に広がる田園風景、伏見稲荷大社(標高42m)、東山最南端の稲荷山(標高233m)、奈良の山々を借景にしていたことが読める。今は樹木が茂っているが、竹を駆除し、大木の一部の枝を掃えば、幹と幹の間に借景山の一部がよみがえるのではないだろうか。書院近くに白砂が敷かれているが、以前に白砂はなかった。盛り土部分は美しい苔面になっており、苔面で大海原を表現している。前回訪ねた時は70m東にある東福寺禅堂から多くの僧侶の読経(般若波羅蜜多心経)が聞こえてきた。雪舟の庭らしく極限まで不必要なものを排除している。苔面上に鶴と亀の石組があるだけ。鶴は飛ぶことの無い折り鶴、今にも動き出しそうな亀は折り鶴に向かっている。飛び去ることのない鶴に向かう亀にて、離れることの無い永遠の契を表現している。亀は大海原を泳ぐだけでなく水中に潜りそうに見える。今回は住職から「この庭は雪舟が中国に渡る前の初期作品であり、中国の雰囲気が無い珍しい庭です。東福寺の庭の中で一番落ち着くとも言われている」と説明を受けた。苔面が表現する大海原は時代の波のように見え、亀島に立つ石は雪舟本人に見える。雪舟を乗せた時代の流れに乗る亀が、時代に翻弄されながら泳いでいるようでもあり、雪舟が海を越え、明に渡る姿にも見える。借景が有ればより雄大な世界の中を泳ぐ亀に見えることだろう。亀島の立石に自己投影すれば、亀に乗り世界を巡る身となる。亀が潜った姿を想像すれば、自らの心の中に潜り、観察していることになる。この鶴亀鑑賞は座禅と通じるものがある。座禅は外からの情報を遮断し、煩悩を浮かび上がらせ、自然消滅させ、自らに嘘をつかず自らと向き合う状態にし、本来備わっている佛心を出現させることだが、亀は鑑賞者に感情移譲させ、心の世界へと導き入れてくれる。鶴亀の契りは東福寺の門を潜った修行僧が臨済宗と永遠の契を結び、亀に乗る立石は禅と向き合う修行僧の姿を写したようでもある。