実光院

後鳥羽天皇、順徳天皇大原陵のすぐ傍に実光院がある。実行院すべての建屋は大原陵に向き、門が霊気を取りこんでいる。正反対方向234kmには(島根県松江市)美保神社、仏谷寺がある。客殿内から建屋方向に沿って西の借景を眺めることは美保神社と仏谷寺を遥拝することになる。仏谷寺は隠岐配流途上の後鳥羽天皇行在所(あんざいしょ)。大原陵と美保神社を結んだ線、大原陵と隠岐諸島の後鳥羽天皇御火葬塚(隠岐神社)を結んだ線は共に実光院を通過した。客殿内から建屋方向に沿って美保神社、仏谷寺方向を見た場合、約15度右に隠岐神社がある。客殿内から西の借景山を眺めることは後鳥羽天皇の隠岐への配流を追いかけることに通じている。この借景庭は後鳥羽天皇を偲ぶため作られたものだ。縁側から庭に下り向かいの山の先の美保神社へと歩いて行けるかのようだ。客殿の西南方向には五輪塔など目印となるものがいくつか置かれている。正確な遥拝先まで判読できないが、この方角には(淡路島)イザナギ神宮、(神戸)生田神社、(京都)上賀茂神社など多数の寺社、陵墓がある。例えば客殿中心と仁和寺金堂中心を結ぶと上賀茂神社幣殿-掘河天皇後圓教陵の中心-龍安寺方丈を通過する。客殿と生田神社本殿を結ぶと御室88か所霊場の一番北側部分-広沢池-天龍寺選佛場を通過する。客殿と梅宮大社を結ぶと大徳寺境内-妙心寺境内-双ケ岡南側を通過する。客殿から西南方向は礼拝を求める庭となっている。客殿は南には(高野山)金剛三昧院に向いている。客殿内から建屋方向に南の庭「契心園」を鑑賞することは、金剛三昧院、源頼朝の墓を遥拝することになる。この遥拝線は比叡山、東山を貫いているので自省の庭だ。契心園は若狭彦神社上社中心と(比叡山延暦寺)文殊楼中心を結んだ神の通り道上にある。上面が平たい石は神が座るために用意されたものだ。水音を響かせる律川より引かれた水が心字池に注がれている。瀧の左側が立て長石、右側が石垣となっている。瀧を包み込む石組、大木が庭を覆いかぶすようになっていることで、瀧口から流れ落ちた水が反響音となり、律川の音と重なり人の心に響く。律川の水量が多いのに、瀧の水量を絞ったところが江戸庭園らしい。上面が平たい石の高さに合わせ、サツキの丸刈りの高さを合わせ、背後の大刈込の上面を整えることで、庭が階段状に奥へと伸びているように感じさせている。尖った石を前傾させているので、奥行きを感じさせる庭が客殿に迫ってくる。契心の意味は「心が合う」「心の契約」だが、誰と心を合わせ、誰と心の契約をするのだろうか。庭の中心は石塔だが、念仏により石塔に阿弥陀仏を引き寄せ、阿弥陀仏と心を合わせるということだろうか、客殿が遥拝する源氏の聖地、金剛三昧院と心を合わせることだろうか。瀧と律川の水音が庭園内に響き、清々しい風が美しい苔面の上を通る。太陽光が梢の間から池に差し込み、亀島を浮かび上がらせている。年中花が咲くので極楽浄土の心を表現したのではないだろうか、極楽浄土の心と合わせ、心の契約をする庭という意味だろうか。視線を西に移すと一列に並んだ台スギが目に入り、大原の明るい山々が迫ってくる。山で隠れて見えないが視線の先には寂光院、高倉天皇皇后徳子大原西陵がある。配流された後鳥羽天皇、順徳天皇の故事と建礼門院(徳子)の故事が重なり心に響いてくる。