博物館新館は建屋内から庭を通し日本古来の神々に祈りを捧げるように作られていない。近代日本庭園が江戸庭園の美しさを取り戻せない理由はここにあると思う。神域に有る美しい庭でありながら建屋が庭に向かい祈りを捧げず、庭と建屋に一体感がない。八窓庵風情がマンガ日本昔話の中の田舎風景にも見えるのはそのためではないだろうか。若草山と御蓋山から流れて来た聖水はコンクリート製の水路と堰堤を通り、コンクリート製の池に流れ込んでいる。池水は猿沢池と同じく濁っている訳でなく澄んでいる訳でも無い。透明感のない沢水が奈良の特徴なので、沢音を奈良の庭に取り込むには植栽などで水流を見せない工夫が必要なのだろう。コンクリート製池の水は平城風の緩やかなカーブを描く池へと流れ込み八窓庵を特別な場所にある茶室に見せている。博物館西新館のテラスから庭を見て左にスギの大木が2本あり、その奥にもスギがある。スギの手前に日本家屋がある。日本家屋の手前には比較的大きな春日型石灯籠と仏塔、庭の中央のアーチ型の木橋の奥に垂直な大きな幹を見せる大木、いくつかの樹木の幹、そして庭右側の八窓庵、これらが見せる縦方向の直線と、石橋が見せる横方向の直線が庭を引き締め、曲水風の池とアーチ型の木橋を引き立てている。通路は日本建屋から待合、アーチ型の木橋を渡り八窓庵に至るものと、新館から沢渡、仏塔前、石橋を渡り八窓庵に至るもの二本がある。八窓庵の周りにも仏塔、石灯籠が置かれている。庭石に尖ったものはなく、奇石、巨石がないので奈良の包容力ある雰囲気になっている。池に突き出た半島の先端部分に置かれた小さな石が庭中心石になっており、神の権現石だと思う。頭が平たな神の着座石がいくつかある。庭風景はいずれかの風景を切り取って来たというのではなく、御蓋山の裾、すなわち神域において、ゆるやかに時を過ごす、和歌や会話を楽しむ雰囲気作りがされている。八窓庵の付近はスッキリとまとめられており芸術的な剪定が施されている。庭の中に優れた部分が多いので、かつてここに興福寺の庭園があり、それを改造したのではないかとも思った。アセビが満開、梅の花が色を添えていた。