玉泉院丸庭園(石川県金沢市)

玉泉院丸庭園 金沢城公園

二の丸の石垣には意匠をこらして石を配した「色紙短冊積石垣」がある。これ以外の石垣にも市松模様のように積んだ石垣があり、明るく楽しい石垣群となっている。石垣群と三十間長屋の白壁に囲まれた庭の中心には掘り込まれた池があり、池の中には三つの島がある。島や池周辺は芝面で綺麗に剪定されたマツが配されている。掘り込んだ池を中心とした庭なので、巨大な金沢城の大きさを肌で感じることができる。パズル板のように組まれた石垣、明るい瀧、三十間長屋、鏡面のような水面が映す青空、季節の花など見所が多い。

江戸時代には庭と石垣との間の樹木は今ほど大きく育ってなかったはずでもっと城壁を見せていたはず。二の丸の石垣上にも白壁塀があったはず。そびえ立つ本丸石垣の上にある白壁が美しい三十間長屋。それら白壁の上に青空を見せていた。庭中央の池は堀の水面下まで掘り込まれ、池は堀とつながっていた。池の深さを十分に感じさせることで両城壁がより高く青空に向かってそびえ立つように見せていたことがわかる。現在、二の丸の石垣上に白壁塀は無く、池と堀とはつながっておらず、2mかさ上げして庭を作っているが、金沢城の大きさを十分に感じとれる庭だ。北の青空は美しい。

4段落ちの瀧には南西からの射すような太陽光がまともに降り注ぎ瀧を輝かせている。池の護岸石も明るく一部は玉石による州浜となっている。庭に降り注ぐ太陽光は城壁と白壁にも反射し更に強い日差しとなり池の水面、池の護岸石、4段落の瀧、州浜、芝生を照らす。明るく構成した庭がより明るく輝くようにまとめられている。そして上空には青空。池にも青空が映っている。本来陰である大地、石垣、瀧、池が太陽に十二分に照らされ、或いは太陽光を反射して天空と一体となっている。完璧な陽の世界だ。斬新だ。

玉泉庵(休憩所)が忠実に元の場所の2m上に建てられたのかどうか判らないが、玉泉庵は日光東照宮の方向に向いているので、日光東照宮を遥拝するための庭だと推測する。光り輝く庭なので庭の中のあちこちに遥拝ポイントを設けていたはずだが庭園内の遥拝ポイントと遥拝先の推測はつかなかった。この庭は徳川家中心の政治を第一に考えていた12代藩主、前田斉泰(まえだなりやす1811年~1884年)の祈りの庭だったと思う。

兼六園の傍にある玉泉園が「玉澗(ぎょくかん) 様式」にて陰を極めることを目標にした庭とすれば、こちら玉泉院丸庭園は陽を極めることを目標にした庭である。似た名の庭園に真逆の目標を持たせ美を追求した加賀藩の探求心の高さを覗い知ることができる。この庭園は陽の美を追求した日本でトップクラスの庭ではないだろうか。この陽の庭は晴天日だけが美しい訳でないと思う。雨天日は池が発する雨音が城壁に響く、ここまで陽を極めていたら4段落ちの瀧が陰にこもることはないだろう。満月、積雪日には晴天日とは違った陽の輝きを放つことだろう。